メッセージ~声明文プロジェクトに寄せられたメッセージ

楠目昌弘[クスメマサヒロ]

 

障害平等研修(DET)理事・ファシリテーター。

サラリーマンを経てシステムエンジニアとして活動していた8年前、病気を発症して車イスの生活に。2015年よりファシリテーターとして活動。

 

2017年6月3日【知的障害者の自立生活は なぜ必要か? どう実現するのか?】グループワークファシリテーター

2008年の7月に脊椎動静脈瘻(せきついどうじょうみゃくろう)という病気を発症しました。1年の入院生活、半年の自立支援施設の生活を経て2010年から大田区池上で自立生活をしています。

2010年の後半から利用していた福祉施設のリハビリ仲間と障害者が気軽にスポーツができるように大田区障害者スポーツ倶楽部という任意団体を立ち上げ現在も活動しています。その中で様々な人から様々な話を伺います。

 

そこでこんな質問を非常によく受けます。

 

「住居はどのように探したのか」

「住居のどこに手すりを設置しているのか、部屋のどこにどのような改造を加えているのか」

「どのような行政サービスを利用しているのか、介護ヘルパーの依頼はどこの事業所にしているのか」

 

自立生活をスタートする際にどのような準備をしてきたのか、何故自立生活が可能になっているのか等、非常に関心を持たれる事が多く、何故このような質問を受けるのか最初は理解できませんでした。しかし私のような状況の障害者はごくごく稀で多くの障害者は様々な理由で地域で自立生活を妨げられている事が様々な人と話しをして判ってきました

 

この問題を解決する事は容易ではないでしょう。

 

但しこの問題の解決には、今回のような活動の積み重ねが大事だと思います。

 

当日はファシリテーターとしてワークショプの進行を担当させて頂きます。

 

よろしくお願い致します!

 


 

 

櫻原雅人

特定非営利活動法人 はちくりうす

管理者、 サービス提供責任者、理事

神奈川県川崎市在住

山梨県 笛吹市出身

 

(知的障害者自立生活についての声明文作成者)

 

『20数年前、私はそれまで10年つきあってきた重度自閉症といわれる当事者の自立生活にその当時の仲間とともに関ってきました。それには本人の両親がまだ元気なうちに「親亡き後」の将来を見据え、彼が地域での生活を続けていく条件を考え整えていくことが重要でした。

 知的障害のある当事者の自立生活を考える時に、本人の意思をどのように確認していくかというのはその時も大きなテーマで、本人にとってイメージを持てない選択肢は選びようもなく、それは実践の中で経験していくしかないというのが結論でした。

 そして私自身も共同生活者のひとりとしてその当時まだあまり例のないシェアハウスという形で新しい生活はスタートしました。それは私の活動の根底にある、私自身が縁あって出会った当事者とともに地域で暮らしていきたいという思いでもありました。

 今年に入って新たに自立生活をスタートした方がいます。その方とも10年以上つきあってきましたが、家庭だけで支えていくことが困難な状況が少しづつ近づいてきていました。行政からの提案は長年住み続けた地域を離れ、地方のグループホームへの入所でしたが、これまでの人間関係を分断されて生活する場所を他者に決められることは本人にとって本意ではなく、家族を含めた周囲の人たちにとっても大きな問題でした。そのことに直面し様々な課題を一つ一つクリアしていくことで本人が住みなれた地域での生活をひとり暮らしという形で始めることができました。

 自分がどのような生活を望んでいるか伝えられない当事者の周囲の人たちが、条件が整わないから地域での生活はできないとかってにあきらめてしまう状況はなんとしても変えていきたい。そんな思いをともに地域で生きる社会の一員として、少しでも多くの人と共有していきたいと切に願っています。』


【早稲田大の岡部耕典教授(福祉社会学)が、声明文プロジェクトや自立生活について東京新聞にコメントを寄せられています。岡部教授の了解を貰い、ここに転記します。

(以下引用)-----------------------------------------------------------------------

 

●知的障害の息子が重度訪問介護を使って自立生活をしている早稲田大の岡部耕典教授(福祉社会学)は「障害者の地域移行が叫ばれて久しいが、知的障害者については、グループホームへの入所をもって、地域での自立生活が完了したと見なす風潮もある。だが、重度で行動障害のある人を中心として、グループホームでの集団生活に馴染めない人もいる」と指摘し、今回の福祉関係者の声を評価する。

●昨年七月、相模原市の津久井やまゆり園で入所者十九人が殺害された事件に触れ、「同園は傘下に多くのグループホームを抱えている。現在の入所者はグループホームへの移行が困難で施設に残っている人たちも多いのではないか。そういった人たちも、重度訪問介護を活用すれば、施設を建て替えずとも自立生活を送ることができる可能性がある」と指摘する。

●岡部氏は国や神奈川県にも役割を果たすよう求める。「障害者権利条約を批准し制度ができたにもかかわらず、重度知的障害者の自立生活はごくわずかしか実現していない。重度訪問介護を活用した知的障害者の自立生活の拡大を国が積極的に推進するべきだ」

 

----------------------------(引用ここまで 4月3日東京新聞「こちら特報部」記事『知的障害者 広がる自立生活』http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2017040302000109.html)

岡部耕典教授(福祉社会学)http://www.f.waseda.jp/k_okabe/


中村和利

特活!風雷社中 理事長

(知的障害者自立生活についての声明文作成者)

自分が一番良いと思えるサービスをユーザーに提供したいと思います。

障害福祉サービスに関わるものとして、そう思います。

 

では一番良いサービスってなんだろうか?

考えるポイントは2つあると思います。

 

ユーザーのニーズに沿っているサービス

 

知的障害のあるユーザーのニーズをどうやって捉えていくのか?

僕は経験を通して彼らが示す態度をどう拾い、どう解釈していくのかが問われると思ういます。

そして、体験した状況がマッチしていたら、それは継続していく、だから彼らに提案される順番は大切だと思うのです。

 

 

もう一つは

 

理念に基づいたサービス

 

障害者総合支援法の第一条、第二条から引用をしておきます。

(目的)

第一条  この法律は、障害者基本法 (昭和四十五年法律第八十四号)の基本的な理念にのっとり〜中略〜障害者及び障害児が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係る給付、地域生活支援事業その他の支援を総合的に行い、もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに、障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的とする。

(基本理念)

第一条の二  障害者及び障害児が日常生活又は社会生活を営むための支援は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において必要な日常生活又は社会生活を営むための支援を受けられることにより社会参加の機会が確保されること及びどこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと並びに障害者及び障害児にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものの除去に資することを旨として、総合的かつ計画的に行わなければならない。

 

また、障害者基本法には

(目的)

第一条  この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策に関し、基本原則を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策の基本となる事項を定めること等により、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とする。

 

って書かれています。

これを読んで、入所施設やグループホームでの生活だけを家族から自立して暮らすときの選択肢として提案して、慣れ親しんだ地域で自立生活をする選択肢を提案しない理由はどこにもないと理解しています。

 

僕ら障害者支援に関わるものは、自分の狭い経験や価値観に振り回されず、ユーザーのニーズと法令の定める理念を基に行動していくことが求められるのは、言うまでもないことだと思います。

 

しかし、その言うまでもないことを言わなくてはならない現状があり、声明文と言うカタチで、支援サイドへの提案をしていくこととなりました。

 

長くなるのですが、私事をもう少し。

僕は若い時に障害児の放課後活動施設を運営していました。

その中で、自分が関わりがある子どもたちが、様々な理由で学齢期や卒業と同時に入所施設にいかざる得ない状況に対し、なんら力になることも、提案をすることもできませんでした。

そして、同時期に重度身体障害者の自立生活に介助者としても関わりを持っていました。

だから、なんだってことを上手に言葉には出来ないのですが、そんな経緯の中で「必要なこと」をやりたいって思い、このプロジェクトに参加しています。


鶴田雅英

東京都大田福祉工場

(知的障害者自立生活についての声明文作成者)

いまでも、住み慣れた町を離れて一度も行ったことがない地方の入所施設に入ることを余儀なくされる知的障害者が後を絶たない。彼や彼女がそのことを望んでいないにも関わらず。これは明らかな国連障害者権利条約違反だが、そうしないための努力が十分に行われているとは思えない。『いたしかたないこと』と見過ごされているように思える。

 

 本人が望まなければ、それはあってはならないことだという認識を、まず持ちたいと思う。そうではない選択肢があるし、その選択は可能だし、可能でなければならない。それを伝えたいという思いでこの声明文の運動にぼくは関わっている。

 

 今回の声明文で、入所施設ではない暮らし方を「自立生活」と名付けてみたが、このイベントの講師の末永さんからは、打ち合わせに行った際に、その言葉を使わなくてもいいのではないかという話を聞かされて「確かにそうかもしれない」と思った。末永さんからは、たとえば「介護付き一人暮らし」という呼び方もあるかもしれないと言われ、「支援付き一人暮らし」でもいいかと思った。そんな話をフェイスブックに書いたら、「一人暮らし」と言わなくてもいいのではないかという意見ももらった。そう、多様な暮らし方があるはず。そして、それを支える制度は現にあるし、また、なければ作ればいい。

 

 実は身近にも住み慣れた大田区を離れて、山形県の駅からも離れた場所に行くことを余儀なくされている仲間がいる。彼がそれを望んでいるとは思えない。ぼくがジタバタしてもそこに向けた準備は進む。そんな問題を抱えながら、この集会を準備している。


山田悠平

精神障害当事者会ポルケ 代表 

(知的障害者自立生活についての声明文作成者)

 

障害者権利条約にインスパイアされた支援者たちの熱き想いとともにある本プロジェクトを精神障害当事者として敬意をもって賛同いたします。

 

真に人間らしい障害者の暮らしの道しるべである障害者権利条約は、日本も含む世界の国々の障害福祉施策や支援の在り方に大きな影響を与えています。

同時に、障害者権利条約の各国や地域での名実たる履行に向けてのアクションが新たな障害者運動のステージを生み出しています。

 

本プロジェクトの理念である障害者権利条約19条は、私個人の活動にとっても大きな意味をもたらしています。

そのうちのひとつとして、アジアの精神障害者による連帯をはかるTransforming  Communities  for Inclusion in Asia があります。

インチョンストラテジーと障害者権利条約19条を背景にしたネットワークは、アジアにおける政治制度や文化・慣習の違いを超え、絆を強固なものにしています。

差別や偏見に対抗しながら、それぞれの国と地域で精神障害者が地域で自分らしく、安心して暮らすのかを定期的に意見交換をするネットワークとして機能しています。通算2回参加しましたが、アジアの仲間から大きな刺激をもらっています。

 

本プロジェクトが呼び水になり、19条の履行が各地域にもたらされること大変嬉しく思います。

 

精神障害当事者会ポルケ 代表 山田悠平


 

田中(長岡)恵美子

東京家政大学人文学部 教育福祉学科

(知的障害者自立生活についての声明文作成者)

 

障害のある人たちの自立生活にかかわるようになってウン十年。介助者時代はバスの乗車拒否や東京駅の裏道移動などを経験しましたが、今はノンステップバスが走り、駅員が率先して案内してくれる時代に…とはいえ、まだまだ地域生活には障害ゆえの壁がそこここにあります!

知的障害や重症心身障害のある人たちの自立生活はまだ始まったばかり。あちらこちらで少しずつ支える人たちがいて、ひとりふたりと親元から離れて生活するようになってきました。

 

施設ではなく、親元ではなく、地域で…ってどこ?グループホームだけじゃないよね。一人暮らしもあるし、シェアハウスもある…そしてその先に二人暮らしや家族もあるのでは?

現在の私の研究テーマのひとつは知的を含む障害者の結婚・子育て支援についてです。私は自立生活の延長線上のことととらえていまが、でも『自分のこともできない障害者が子どもを産んでどうやって育てていくの?』などとよく言われます。そういうあなた。

私もそうだけど、自分のこと、いったいどこまで一人でできていますか?ましてや子育てなんて…どんな人も豊かな助け合いの関係の中で子育てをしているのではないかしら…はたまた『障害者の親なんて子どもがかわいそう』という人も。あら、そうかしら。健常者の親に虐待される子どもがいますけど…どうして障害があると親になれないの?できないことは助け合う。わからないことは教え合う。それはごく当たり前のこと。

障害者にはもちろん制度的なバックアップと確実な支援体制は必要です。

でもそれは障害を補うための支援であって、それさえあればよいのです。

それは自立生活でも結婚や子育てでも同じこと。

障害者のこととなると、就学➡就労➡…そして老い?その前に何かあるでしょう?自分の生活を作りだしていくこと、家族を形成して地域で生きていくことは抜けちゃっていいの?というのが私の問いです。